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あれってどうなの?その1「5億年ボタンは実際どうなの?!5億年の暇つぶしってある??」高校3年生が出した答えとは

はい!!みなさんこんにちは!!!

ましろと申します!!!

「あれってどうなの?」と思うことを真剣に考えてみる、という企画。

今回は「5億年ボタン」について考察していきたいと思います!

 

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目次

 

5億年ボタンとは

5億年ボタンを押すと一瞬で100万円をもらうことができる。しかし、ボタンを押した後には何もない(寝ることも、死ぬこともできない)空間で5億年一人で過ごさなくてはならない。5億年間の記憶は消される。

 

簡単に説明するとこんな感じです。

ネット上では、100万円をすぐに貰える、仮に5億年経ったとしてもその記憶はないから押す派と。記憶が無くなるとしても無くなるまで実際に5億年体感しなくてはいけないから押さない派の2つに意見は分かれています。

 

一見してみると、こんなボタン存在するはずがないのでどうでもいいっていう感じかもしれませんが今回はあくまでも真剣に考えた結果での最終的な僕の意見まで繋いでいけたらなと思います。

 

5億年ボタンを押す代わりに、100万円を手に入れることができるとするならその時給は

ざっと「0.000000207039337円」だそうです。1円稼ぐために20万50日かかり、838万5416日でやっと1000円稼ぐことができます。こう見てみると割にあいませんよね。

3日間走り続けても何も見えてこないような空間であるため、当然この空間で生活するためにはそれなりの「暇つぶし」考える必要があります。

逆に言えば、5億年間の間暇が潰せることがあるならば僕は別に押しても構わないと思います。原作の漫画のなかでは主人公の少年は、一人じゃんけん、妄想ゲーム、ついに考えることをやめ、最終的には宇宙の真理を悟るというところまでいきます。

※何もない空間ですが、主人公の身体には経過した時間相応の変化が起きており、床のタイルを削ったのか自分の歯を使ったのかは定かではありませんが書き物をすることが可能であることは判明しています。

 

何も使わずにできる暇つぶしとそれらについて

かなり限られてきますよね。日常生活の中であればヒトカラや魚釣り、他にも探せば色々でてきますが5億年世界の中では何もありません。

 

①歌うこと

カラオケなどの音響はありませんが、一人で歌うことはできます。いくら大きな声を出したとしても、どれだけ奇声を発したしても誰からも咎められることはありません。

作曲したり、ボイスパーカッションなど極めようと思えばどれだけでも

追及できそうな気がしますが、誰かに見たり聞いたりしてもらわないと僕は自分自身を見失ってしまう気がします。

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②ランニング、散歩

一人で行える暇つぶしとしてランニングなどがあげられます。しかし、景色は変わらず走れど走れど疲れたりもしない。これじゃランニングしても止まっていてもどちらでも変わらない気がしますね。

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③妄想

一人になりたいとき、よく考え事することは僕自身ありますし、みなさんもそうだろうとは思うのですが。。。現実と妄想の区別があるために考え事ととして成立するのが前提にあると僕は考えているので、妄想を100年1000年続けることが仮に出来たとしても、いつかは現実に引き戻され、その時の恐怖やふと我に返った瞬間精神が崩壊してしまいそうですね。この際崩壊してしまったほうが身のためであるかもしれませんが( ´∀` )

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④追及

漫画では最終的に宇宙の真理を悟っています。考える時間は腐るほどあるので、今がどういった知識の量であれ、そういった真理を追究することは一概に不可能とは言えませんが。実際真理を悟った気でいても、何もない世界の中では結局自分の中で完結してしまうだけなのでは。

物理的な法則や、数学の公式。これまでの知人が築き上げてきたものというのは、全て個人の予測から始まり実験を経て結果に繋がり成立しています。何もない空間では、予測を立てることはできてもその次の段階へ進むことはできるのでしょうか。

また、知識というものは更なる知識への糧となります。裏を返せばある知識がなければ知り得ない知識も存在するということです。一つとして確証のない世界で、どれだけの真理を追究することができるのか。しかしまた、5億年という時間がそれを可能にしてしまうのかもしれませんね。( ´∀` )

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まとめ

いくつかの暇つぶしと、それらに対する個人的見解を述べましたが

最初に紹介した二つの意見の分かれ方の決め手となるのは「5億年を実際に経験するのかどうか」というところです。

 

「経験」とは 実際に見たり、聞いたり、行ったりすること。また、それによって得られた知識や技能など。https://kotobank.jp/word/%E7%B5%8C%E9%A8%93-488364

この定義で考えるとするならば、最終的に記憶が残らないことから、5億年の間に身体的経験はないため、「なんの経験もなかった」と言えるのではないでしょうか。

となれば、魂というスピリチュアル的考えを用いたとき、5億年ボタンを押した瞬間に魂は二分化されると考えられます。魂のクローンが生まれると表現したほうがしっくりくるかもしれません。そしてその複製された魂は、異世界へ飛ばされ5億年経つと消されてしまうのです。自分と全く同じ魂を持つ他人を生み出してしまうこと、クローンであるとはいえ他人を場合によっては地獄よりも苦しい環境へ投じてしまうこと。その辺の倫理観であるとか、道徳的考えというものが試されるのかもしれませんね。

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結論

僕は押しません。

 

P,S

いかがでしたか!今回からはじまった「あれってどうなの?」の企画。。。

こうやって文章にしてみるとなかなか伝えることが難しかったり。( ´∀` )

この企画は記事の最後に自分なりの答えをだすことを目的としていますが、あくまでも自分なりですので、ご理解よろしく願いします。

個人的に不思議に思うことというか、こういった疑問というのはまだまだ沢山あるので、これからもどんどん更新していきたいと思います!